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壱ノ五
真っ白い天井がおぼろげながら近づいたり、遠ざかったりを繰り返し、瞬きの暗転が何度か挿入され、徐々に、徐々に千里子は意識を取り戻した。どうやら気を失っていたらしい、というのと、天井は良く見ればミミズが這ったような加工の施された真っ白い無地ではなかった事を同時に思いながら、上半身を起こす。昼寝の後のような、居心地の悪い頭痛を感じ、頭を押さえた。
「目が覚めた?」
「はい」
何か書類を書いていて振り向けず、けえれども気配だけで察し、そう労いの言葉を投げかけたのは保健の先生・猫垣高子だ。小柄で華奢な割に存外身体の丈夫な千里子は、話した事のない人物だった。
「私……?」
「旧校舎でね、気を失っていたのよ。あの子たちまたイタズラをしたんでしょう? よっぽど怖かったのね」
そこでようやく彼女は振り替える。その表情を見て、千里子は先生が微笑んでいると勘違いしたのだが、良く見ると口角が元々上がっていて、普段の表情も笑っているように見える顔つきのようだ。油断すると「顔が怖い」「表情がない」と評されてしまう千里子はそれを、ちょっと羨ましいと感じる。
「そうだったんですか、あの、すいません。お手間をおかけしました」
あらたまった中学生がツボだったのか、猫垣は今度は本当ににんまり笑って、お道化た様子で返す。
「いいえー。それより、あなたを見つけて運んできた図書委員の先輩方にも後でちゃんとお礼を言っておくのよー?」
「はい。あの、先輩方は」
「あなたを運んできて、目が覚めるのに時間がかかりそうだったから、先に返したのよ。だからお礼は明日にでもするのね」
窓の外は夕焼けが出始めている。数時間眠りこけていたらしい。頭はもう痛くない。それどころか、寝た事が良かったのか、逆にすっきりしているぐらいだ。
「あの、私、帰ります」
「そうー? 誰か、向かいに来てもらったら?」
「いえ。大丈夫です。良くなりました。それに、家の人皆忙しいんで」
「分かったわ。荷物ね、そこにあなたのクラスから持って来てもらっていたから。気を付けて帰るのよ」
「はい」
千里子はそそくさと立ち上がり、扉を閉める前に一礼して、保健室を後にした。
気を失うなんて、初めての体験だ。ほんの少し、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
壱ノ六
校門付近に、差し掛かるまでの間、旧校舎で起こった出来事を、千里子は何度も何度も繰り返し思い出していた。
人の気配があって、第二図書室に入ったら、燃える大男がいて、食われそうになったんだけど、急に圧力鍋が爆発したみたいになって、子供が現れた。
自分でも信じられない体験だが、確かに覚えがある。リアルな夢だったのだろうか。もしかすると自分は、図書室に入った時に先輩におどかされ、そこで気を失って以降はずっと夢を見ていたのかも知れない。
何とか自分がこれまで培ってきた常識で、記憶を正当化しようと試みる千里子だったが、どの常識よりもリアルな体験……大男の威圧や、熱気や、蒸気の突風を受けた頬の感覚何かが忘れられない。あれが夢だとしたら、今の現実の方が夢幻なんじゃないかと思える程だった。
「千里子君!」
「ひゃっ!」
突然声をかけられて、思わずのけぞる。が、声の主を見て、すぐに千里子は安堵した。正体はあの吉田君だった。
「驚かせてしまったね! これは失敬! しかし、怪異を体験した後だろうから、それも納得と言うものか」
快活に話し始めたかと思ったら、今度は独り言のような『自分の世界』に、するりと入り込む。その独特過ぎるテンポに、普通なら「変な奴」という反応を持つのだろうが千里子は何だか現実世界に引き戻されたかのような、妙な安心感を覚えた。ふいに吉田君に抱き付きたくなるのを理性で強引に抑え込んだ。
そんな我慢をしているとは露知らず、当の吉田君は饒舌だ。
「やはり旧校舎の噂は本当だったのか。図書館。僕が正義と探究の名のもとに不法侵入でもって入り込んだ時は、やや埃っぽくはあったものの、怪しい気配など全くしなかったというのに、君ときたら先輩方が脅かしに行く前に既に倒れ込んでいたと独自の調査で判明するではないか。これは待望の怪異かも知れない。その待望を持ち運んできたのが、我が幼馴染の千里子君あと言うのも実に、実に因縁めいていると思わくどくどくどくどく」
「何だコイツ、喧しい男だな」
「えっ? えっ??」
「くどくどくどくど」
その声は、確かに聞こえた。
「鈍感なのか知らないが、俺の声もまったく聞こえてないらしいしな」
いる!
校門に背中を付けて、夕日の逆光の小さな人影。いつの間にか現れたそれは、確かに千里子達に向かって話しかけていた。
「まぁせっかくだから、今日はその話を聞かせてはくれまいか。そういう訳だから、是非にっ、僕と一緒に帰ろうではないか!」
「よ、吉田君!」
「うぬ?」
「ごめん。私、用事あるんで先に帰るね!!」
その必死な形相に気押されて、「あ。そう? う、うん。それじゃ、またね」と返すのがやっとの吉田君。逃げるように去って行き、あっという間に消えた千里子の脳内残像に、
「せっかく一緒に帰れると思ったのにな」
と呟いたフラグは、当分回収されそうにないのであった。
(つづく)
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あとがき
タイトルの『燃える塵戦記』ですが、
これは高校生ぐらいの時に思いついたタイトルで、
実際に同名の小説を書いています。
ただし、そちらは『燃えるゴミ戦記』とゴミ部分がカタカナ表記で、
『哲学者・本堂賞吉シリーズ』という、
僕の未発表長編作品の中の一つという位置づけでした。
内容は本作と全然違って、
羅生門江戸夫という、僕の作品ではお馴染みの科学者が、
例によってマーマレード作成装置を作っているうちに
失敗して作った人造人間・愛興サンヨーを「ゴミ」として廃棄。
何故捨てられたのか理由のわからない自我を持ったサンヨーを
哲学者である本堂先生が拾い、
「ゴミはゴミでも、燃えないゴミより燃えるゴミでありなさい」
と、説く。
……というようなストーリーでした。
今回妖怪・塵塚怪王の話を書くと決めた時、
このまま未発表で廃棄するには惜しい、
もう1度燃えるゴミになって欲しい、
そう願いを込めて今回タイトルに復活させる事にしました。
ちょっとした裏話ですね。
次回はいよいよ千里子とカイの2ndコンタクトです。
お楽しみに!
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【改造人間・高橋京希、今回の獲得経験値】
Lv1 肉体力:0(通算9P)
Lv2 精神力:+1(通算17P)
Lv1 容姿力:0(通算6P)
Lv4 知識力:0(通算45P)
Lv1 ヒーロー力:0(通算8P)
Lv5 趣味力:0(通算155P)
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こんにちは。
『モエルジンセンキ』
って読まれている方もいるみたいなんですけど、
これで『燃える「ゴミ」戦記』なんです。
でもでも、『ジンセンキ』もかっこいいので、
今はどちらでも良いという気持ちでいっぱいです。