2013年05月22日

後輩書記とセンパイ会計Tribute 燃える塵戦記 1st burn 新米図書委員と塵塚怪王、電子の恋文に悶える(4)

 前回までの『燃える塵戦記』目次はこちら
 http://kyoukinosata.seesaa.net/article/361169597.html

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 壱ノ七

 千里子はキャラになく猛烈なダッシュで、校門に寄りかかっている少年の腕を掴み、
「こっち!」
 と言いながらその場を逃げ出した。
 どのぐらい走っただろう。とにかく、進行方向が一緒の吉田君に追いつかれまいと、必死になって走って、彼と、自分が乗る筈だったバス亭をはるかに置いて過ぎ去った。その先で、ハァハァと息を整えて、
「あれ?」
 と、頓狂な声を千里子はあげる。
 確かに感触はあった。少年の腕をしっかりと掴んだ筈だった。しかし、今こうして立ち止まり辺りを見回しても、感じるは自分の荒い息遣いだけで、少年の姿は見えない。おかしい。幾ら必死になったとは言え、途中で離れたらそれは感じる。そこまで錯乱してはいない。言うならば、立ち止まった瞬間、立ち消えてしまったような、そんな印象だ。
 とたん千里子は薄気味悪くなって、背筋が冷たくなって、遠くで鳴くカラスの声にすら怯え始めた。
 怪奇現象真っ只中に自分はいる。あらためてそう確信して、もうどうしようもなくなったが、呼吸を整えているうちに、その後何も起こらないので、だんだん冷静さを取り戻し、結果「もうそろそろ帰ろう。嗚呼、歩いて帰らなくちゃいけないんだ」と、酷く現実的な考えが脳を支配していく。
 千里子はまったく疲弊していた。
 思えば今日は後半、濃密だった。
 とぼとぼとやや猫背で帰路を歩きながら、『猫背』という単語を思いついて、そう言えば保険の猫垣先生の苗字は、変わっているな。何て呑気な事を考え始めていたが、補足するなら『猫垣』という苗字は北海道地方に実在する。
 それはさておき、普段はバスで帰る道程を歩いて帰る、というのは精神的にも肉体的にもヘビーなものがある。少し休憩したくなって、自販機かコンビニを欲する千里子だったが、少しでも近道と思って入ったあぜ道は人通りもなく、人がいないから自販機もコンビニもないのか、自販機もコンビニもないから人がいないのかは不明だが、とにかく目に入るのは緑とか茶色ばかりで、彼女が好きなメロンソーダと色は似ているものの、そういうものはなさそうだった。そもそも天然の樹木の葉っぱがメロンソーダのような色だったとしたら、それはそれは毒々しいので、大きく分類すれば類似色なのだろうが、やっぱり別の色に違いないのだ。
 千里子の思考がそんな風に馬鹿げてきた時、ぼんやりと進むその歩みを、止めた一声がある。
「空が落ちてる」
「え?」
 言われて下を見ると、地面にお習字の半紙が、ややくしゃげて落ちていて、確かにそこには『空』としたためられている。子供が練習したものだろうか。名前の表記はなく、ただ一文字、書かれている言葉通り空を向いて落ちていた、ゴミ……。
「誰?」
 辺りを見回すと、千里子の背後に人の気配。振り返り、後退る。
「それ、踏むなよ。片付けさせるから」
「え。あわ、あわわ」
 振り返って後退って、そこまでは自然な動作だ。そこへ急に、後退った足で、落ちている空を踏むなと指示が来る。千里子は素直で、支持は真っ当したい。だから、体勢を崩して、倒れそうになる。
「危ない」
 少年は目にも止まらぬ韋駄天の速さで千里子の背後に再び回り込み、尻餅を着きそうな彼女をキャッチする。それは、少年とは思えぬ力だった。いとも軽々、金剛力だ。
「あ、ありがとう」
 千里子の鼻腔を、くんと珈琲の香りがつつく。それは少年の体臭のようだった。
「あなたは?」
 それで初めて、彼女は少年をしっかりと見る事が出来た。
 褐色の肌で活発そうで、芯の強そうな赤い瞳と八重歯が印象的な男の子だ。
「我は付喪神の王、塵塚怪王だ。その方の名はなんと申す?」
「私は、千里子。芥川千里子」
「ほう。我が名と同じ名前を持つのか。気に入った。家来にして使わす」
「ありがとうござ……えっ! って、君、何なの!!?」
 あまりにも自然体で上に来られたので、思わず受け入れそうになってしまい、図らずもノリツッコミをしてしまう千里子なのであった。


 壱ノ八

 その場で話すのも何なので、二人は歩きながら、とりあえず千里子の家を目指した。
 道中で驚くべき事を何個も千里子は聞かされたが、ほとんど夢心地である。
 少年の話した内容を整理すると、自分は付喪神という物が変異した妖怪で、地位的にはその王という事になる。名前はチリヅカカイオウ。本来は鬼のような姿をしているらしいのだけど、今は理由あって子供の姿。と言うか、自分でも何でそんな姿になってしまったのか分からないらしく、それを調査したいらしい。300年ぐらい前には活発に活動していたそうだけど、塵塚という、今でいうゴミ箱のようなものがあまり使われなくなり始めた頃、封印されてしまったそうで、今日まで眠っていたのだそうだ。何故自分が目覚めたのかも分かっていないとの事だった。
 そして少年が繰り返し口にするのは、
「こうなった状況を打破するには、文車妖妃に会って話を聞かなければならない」
 の一点張り。
 加えて、
「今は妖力が少ないから、お前に憑りつく事にする。そうするとあまり離れて活動できないから、お前は我に協力するのだ」
 という命令。
 千里子は、頭がおかしくなりそうだった。一気に情報が入り込み過ぎて、ちょっと処理が間に合わない。
 少年の言う事は分からないでもない。そういう事もあるんだろう。しかし、これが現実なのかどうか。例えば、自分は気が狂ってしまったのではないか、みたいな疑念を払拭する事ができないでいた。
 そういう状況のまま、家に着く。
 当然、少年も憑いてくる。
「ただいま」
 返事はない。いつもの事だ。
「うぬは独り暮らしか?」
「そういう訳じゃないけど」
 千里子の父親は雑誌記者、母親は女子プロボクサーのトレーナーをしていた。父が忙しいのはいつもの事だが、ここ数年、母の育てていたボクサーがチャンピオンを狙えるとかで、そっちに付きっきりになってしまい、母親の方も帰らない事が多くなってしまった。
「居城としてはちと手狭じゃが、まぁ良しとするか」
 塵塚怪王はそんな事を言い、その辺をブラブラと眺めている。
「ふぅむ。見慣れぬゴミ候補がたくさんあるのぉ」
 そして、急速に我が家に馴染み始めた。
 千里子はと言えば、流されている。状況に流されている。本来感受性が強く、漫画やアニメも好きなので、この超現実を受け入れ始めている自分がそこにいた。
「いいのかな……これで」
 良くないのかも知れない。よくよく考えてみたら、少年の本来は鬼のような姿なのだと言う。それは第二図書室の奥で遭遇したあの怪物に間違いない。そしてその怪物は千里子を喰うと脅した。今はかわいい少年の姿だが、いつか元の鬼の姿に戻ったら、私は食われてしまうかも知れない。
 それは、たまったものではなかった。
「ねえ!」
「うぬ?」
「私、食べられちゃうの? 最初に出会った時、そう言ったよね?」
「嗚呼、あれかぁ。あれはのぅ。おぬしの恐怖を吸っていたのだ」
「恐怖を?」
「復活したばかりで、どうにも妖力が安定せんでのう。手っ取り早く脅して、言うならばその恐怖心を食らったのじゃ」
「そういうものなの……?」
「そうじゃ。だから安堵せい。本当に食ったりはしない。普通の妖怪は」
 心、戸惑い、虚ろ、恐怖、人の感情は多様だ。例えば闇を怖がった時、人はその恐怖の理由を妖怪に託す。例えば、恨みが募って人を殺めた時、その心には妖怪が巣食っている。普通そうした妖怪を人は見る事が出来ない。しかし、稀にその姿を見る事が出来る能力を持った人間がいた。それは古来より、陰陽師と呼ばれたり、昨今では霊感があると言う表現になったりもする。
「じゃがのう……どうにも解せんのじゃ、人間の娘よ」
 ソファで仰向けになりながら、塵塚怪王は言うのだ。
「どうにもこの時代の妖怪は、我の知ってる頃の妖怪とは活動内容が異なるようじゃ。今日は疲れたからもう動けんが、明日にでも探ってみる事にするかのう。こういう状況では、あまり人間にとって良くない働きをする妖怪……そう、我の知ってる妖怪とは違う『現代妖怪』とでも呼ぶべき輩が跋扈しているようじゃからのう」
「ふーん。そうなんだ。私今日はもう寝るね」
 その時、千里子はあまり意味が分からず、自分も憑かれた。いや、疲れたので今日はもう休みたいと思い始めていた。だから素っ気なくなってしまった。もういっぱいいっぱいだったのだ。千里子が2階の自室に上がった後、一人残された塵塚怪王は呟いた。
「それに……我の知ってる妖怪たちの気配が全くなくなっておる。嗚呼、文車妖妃よ。お前は一体どこにおるんじゃ……」
 その声は闇の中に。

  (つづく)

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あとがき

芥川千里子という名前ですが、
当初は五味葛(ごみくず)という
嘘みたいな名前を設定していました。

塵塚怪王が言わばゴミの王のような存在なので、
何か関連のある名前にしたかったのですが、
これじゃあ、あんまりだなって思ったので、
同じゴミの意味を持つ中でも、
龍之介様のお力でどこか神聖ですらある「芥川」姓に、
塵(ちり)と同じ響きの千里子をくっ付けて、芥川千里子が誕生しました。

塵塚怪王と同じ「チリ」なので
そこは迷ったんですが、反対に、
「我と同じ名を持つ人間の娘よ」
と当初呼んで、それが徐々に変化していく事で
2人の関係性の変化を描けるのではないか?
と思ったので、最終的に決定しました。

そんな千里子とカイの冒険は、
この先まだまだ続きますので、
最後までお付き合いいただければ幸いです。

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【改造人間・高橋京希、今回の獲得経験値】
 Lv1 肉体力:0(通算9P)
 Lv2 精神力:+1(通算19P)
 Lv1 容姿力:0(通算6P)
 Lv4 知識力:0(通算46P)
 Lv1 ヒーロー力:0(通算8P)
 Lv5 趣味力:0(通算161P)

posted by きょうきりん at 10:58| Comment(0) | 小説・詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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