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Deep Sky 05
それから私は、シスターからのメールの指示通り行動した。彼に送るメールは一文字一句間違わないよう気を遣ったし、「そんな事して大丈夫なの?」って行動にも従った。
それから何日かして、二人は結ばれた。
この瞬間が永遠に続けばいいのに。
私は彼の腕の中で幸せだった。
私は彼の彼女。もうこれは覆らない。シスターのしかけた数々のドラマチックなエピソードが二人の絆を強固にし、そこには誰かが入り込む余地何てないし、彼は私に夢中だった。
だけども、少し、不安な事があった。
それは、シスターからのメールが彼と付き合い始めてからも続いている、という事だ。
内容は、変わらない。付き合う前と同じように、指示が送られて来る。ほとんどが簡単な事だ。朝、観葉植物にお水をあげるとか、クラスで目立たない子に1回声をかけるとか、一日一善みたいなもの。おまじないと言っても良い。
ただ時々、中には『週末彼と会ってはいけない』とか、付き合い始めでラブラブで、始終一緒にいたい時期にしては、なかなか酷な指示が紛れている事もある。
一体この指示はいつまで続くんだろう?
もう十分助けてもらって、願いは叶った。
正直、それが重荷になっていた。簡単な事の筈なのに、対価を得てしまった今は苦痛でしかない。たまりかねて、シスターにメールで尋ねてみた事がある。
『シスター、もう願いは叶ったのに、まだ指示に従わないといけないの?』
返事はこうだった。
『指示に従わないと、
あなたは不幸になるわ』
もはや奴隷だった。シスター・フグルマは、「みえ」を再起不能、或いは殺めるだけの能力がある。もしも指示に従わなかったら、何が自分に降りかかるか、わかったものじゃない。
彼との楽しい日々にもだんだんと慣れてきて、「あこ」はシスターが酷く異常な存在である事に気が付き始めていた。恋は盲目と言うけれど、冷静じゃなかった。他の人を不幸にしてまで勝ち取りたかった彼の隣にいても、シスターに監視されているような気がして怖くて仕方がなかった。
そんな時、彼が私を誘う。
「今度の週末、デートをしよう」「今度の週末、家に誰もいないんだ」「今度の週末、旅行に行かないか」
どれでも良い。とにかく「あこ」にとって、嬉しいお誘いだ。より彼との仲が急接近しそうなイベントである。
当然二つ返事でテンションが上がる。
しかしその日の深夜12時。シスターからのメールには、残酷な指示。
『週末のデート(彼の家、旅行)に行ってはダメ』
そして「あこ」の中に、何かが弾ける。
彼と一緒にいたい。もう彼は私の事が好きなんだから、何があっても大丈夫。シスターの手助けなんか必要ない。シスターの指示を破るのは怖いけど、いつまでも従ってられないし、もう十分従って来た。それに、彼と一緒にいれば、彼が私を守ってくれる。私は大丈夫。私は大丈夫。私は大丈夫だ。
自分を納得させるように思い込んで、「あこ」は週末、彼と一緒だ。
深夜12時、蜜のように甘くとろける時間を過ごして、幸せのただ中にいる「あこ」は、心の中でひっそりと、「なんだ。指示を破っても、何も起こらないじゃない」と、余裕の微笑みを浮かべていた。
すると突然、
「火事だ! 火事だーっ!!」
という声が聞こえてくる。この場合の設定は、旅行先のホテルという事にする。
「え? 火事??」
二人は飛び起きて、服を着ると、すぐ外に出る。火は既に大きく広がっているようで、もくもくと煙が廊下に立ち込めていた。咳き込みながら体勢を低くし、彼の手に引かれて逃げる「あこ」。しかし次の瞬間、崩れ落ちた瓦礫に、背中を強打し、その場に倒れ込んでしまう。瞬間、離れる彼の手。
「あ!」
振り向く彼の顔は、血走っている。
「何やってんだよ! 早く立てよ!!」
動けない。重い瓦礫が足を潰していた。熾烈な業火が獲物を狙う猛獣のように猛り狂う。その大きく開いた口は、もう二人を飲み込む寸前だ。
「ダメ、もう歩けない。先に、行って」
言いながらも「あこ」は、きっと「彼」が助けてくれる。そう思っていた。
しかし彼の顔は、この燃えるような火事場とは対照的に酷く冷たく見えた。
「そっか。悪いな」
それだけ言って、踵を翻し、足早に去って行く。逃走だ。
「ば、バカ! 嘘、ちょっと、助けなさいよ!!!」
絶叫は崩れゆくホテルの軋む音にかき消され、健脚でもって離れた彼の耳には届かない。
「うそ、うそうそ。やだやだ、こんなのバカバカ」
自分の皮膚がみるみる火ぶくれを起こしていくのが分かった。乾く。乾く。ノドが渇く。熱い。熱い。こんなの、嫌だ。心が乾ききっていた、あの頃。それを潤わせて欲しくて、彼を求めた。シスターに頼った。ごめんなさいごめんなさい。これは指示に従わないから? 許して、許して。ねえ許してよ。
その時、ポケットからメールの着信音が聞こえた。
火傷で感覚がなくなった指先で、発熱して今にも爆発しそうなケータイを開く。
そこには、こう書かれていた。
『指示に従わないから、こうなったのよ。
でもね、安心して。
彼はこれから先も、あなたの事を忘れないわ。
あなたが彼を逃がして、助けてくれたんだもの。
あなたは彼の恩人になったの。
そういう風に彼は理解して、死ぬまであなたの事を思い続けるわ。
おめでとう。
これで本当に、彼はあなたのものよ』
弐ノ一
それ神羅万象およそかたちをなせるものに長たるものなきことなし。
麟は獣の長、鳳は禽の長たるよしなれば、このちりづか怪王はちりつもりてなれる山姥とうの長なるべしと、夢のうちにおもひぬ。
(鳥山石燕『百器徒然袋 上』塵塚怪王より引用)
慣れ、というのは恐ろしいもので、感受性豊かな14歳の千里子は、既に妖怪童子の存在を受け入れてしまっていた。どのぐらい受け入れたのかと言うと、塵塚怪王を「カイ君」とあだ名で呼ぶぐらいの開放っぷりだ。漫画で会得したという、子供のような喋り方を真似る塵塚怪王が、既に本当の子供の様に思えてしまっているのだろう。人は見た目が9割、とはよく言ったもので、妖怪にまで当てはまるのだから恐れ入る。ま最も、妖怪という存在自体も人の心の具現化であり、具現化するには「見た目」が必要なのであり、しかもその「見た目」は名は体を表す状態である事が望ましい事から考えれば、妖怪こそ見た目9割、寧ろ10割と言っても過言ではないのかも知れない。
当初「カイ君」と呼ばれる事をくすぐったいと感じていた塵塚怪王であったが、こちらも直ぐに受け入れたようだ。悪鬼の如き自分を、そうした距離感で受け入れてくれようとする健気な小娘に、怪王なりに気を遣っているのかも知れないし、もしかあまり深く考えていないのかも知れない。その辺はご想像にお任せします。
「なんだ。やっぱり出かけるのか? あのでかい寺小屋へ」
忙しなく身支度をしている千里子をぼんやり眺めながら、塵塚怪王、いや、ここからは千里子にならってカイと表記するが、カイは尋ねた。
「そうよ。友達が相談事があるみたいだし、それに昨日の事、先輩方にもお礼しなくちゃだし」
と、ここまで言って、千里子は人間離れしたスピードで振り向く。
目が合う。
カイは「どうかした?」という顔で、制服へ着替え中の千里子をじろじろと観察するように眺めている。
「きゃぁーーーー!! カイ君のエッチ! 着替え中は出て行って!」
枕、座布団、目覚まし時計が飛び交う。カイはそれを器用にひとつずつ、両手と足の指でキャッチしながら、「この時代の女は乳にブラジャーというものをする、と漫画に描いてあったが、実物はかわいいものだな。あの中にピアノ線を仕込むのか」等と独り言で部屋を出て行った。
「もう……。漫画の読み過ぎなんだから……」
千里子は手早く着替えを済ませ、机に飾ってある、まだ自分が幼い頃の家族写真に目をやった。父と母と、子犬を抱いた小さな千里子が映っている。千里子がこれより少し大きくなって、ブラジャーを初めてつけた時、この子犬(その時はもう大きくなっていた)が、何か遊ぶものと間違えて、咥えて市内をぐるぐる駆けずり回った時は本当、顔から火が出るぐらい恥ずかしかったっけ。そんな事を思い出して、千里子は淋しそうに笑った。
午後からの授業の支度をして部屋に出ると、カイは唇を蛸のように尖らせて、廊下に座っていた。目覚まし、枕、座布団、そしてカイと、背の順にきっちり並んでいて、それがどことなくシュールな笑いを誘い、千里子はくすくす笑う。
「物投げてごめんね。片付けてくれてありがとう」
そう言うとカイは、
「こいつらは捨てる物じゃないだろ? 未だオレの物じゃない」
と蛸唇のまま答えるのだった。
(つづく)
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【改造人間・高橋京希、今回の獲得経験値】
Lv1 肉体力:0(通算9P)
Lv2 精神力:+1(通算27P)
Lv1 容姿力:0(通算6P)
Lv4 知識力:0(通算50P)
Lv2 ヒーロー力:0(通算10P)
Lv5 趣味力:0(通算200P)
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