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弐ノ三
確かに、五徳猫の言う事には一理ありそうだった。物事を深く考える性質ではない方のカイは、それもそうだなと旧校舎へ再び赴く事にする。
千里子は、『授業』とやらを告げる鐘の音が最初と最後打ち鳴らされると話していた。しかもその『授業』は1度ではなく、後2回分残っていて、間には『昼休み』と呼ばれる朝食を摂る時間があるのだとか。つまり、今の『授業』の終わり、『昼休み』の終わり、最後の『授業』の始まり、そして最後と、4回は鐘が鳴るという計算になる。それまでに戻ればいい。時間は十分にある。
「邪魔したな」
保健室を去ろうとするカイに五徳猫が囁く。
「気を付けてね、何があるか分からないから」
「おうよ。心配は無用だ」
カイが図書室へ向かう間、最も心配していたのは『昼休み』開始の鐘の音があるかないか、適当に聞いていたので思い出せない事ぐらいであった。
「鐘の音は4回か、5回か……」
ぶつぶつ呟きながら、旧校舎の図書室までやって来た。
ここにカイは封印されていた。しかし解せない。封印と言うのは、文字通り『封』をして『印』をする。何かに閉じ込めなければならないのだ。しかし、あの部屋に閉じ込めておけそうな箱や壷はなかった。あの図書室全体が封印用の部屋だと考える事もできるが、精々この建物、古くても40年ってところだ。200年近く封印されてきたなら、計算が合わない。どこか別の所に封印されていて、後からこの建物の図書室に封印され直した、という事になり、それなら一度目覚めている筈で、その記憶はない。無論、カイに過去のハッキリした記憶がある訳ではないので何とも言えないが、坊主や巫女ならともかく、普通の娘が掃除をしに来るような場所が封印の地である訳がない。
となると、やはり何か自分を封印していた物や、その痕跡が残っている筈だ。
人の気配はない。だが少し、物の怪の匂いがする。カイは警戒した。扉を開き、両側に本が森となって並んでいる図書室の中へ奥へと入っていく。
オレが目覚めたのは、あの辺りだな。
最奥付近に、何かがある。
「ん? ツボか?」
気が付かなかったが、もしかすると自分が封印されていた物かも知れない。怪しがりて寄りてみるに、それはどこか見覚えのある水瓶だった。大きさは少年形態のカイより少し小さいぐらいか。つま先立ちで中を覗くと、そこにはたっぷりと水が湛えられている。
「こんなもん、なかったぞ。あったらゼッタイに気付く!」
カイがさっと後方へ飛ぶ。みるみる水瓶から蜷局を巻いて妖気が沸き起こる。
「何だお前!」
水瓶の中央に、ぶわりと人の顔が浮かぶ。
「恐ろしや恐ろしや。本当に来た本当に」
その顔がぶつぶつと何かを呟いている。カイは彼を知っていた。
「お前、瓶長(かめおさ)か?!」
付喪神・妖怪の仲間、瓶長に間違いない。しかし、温厚な性格の彼からは信じられないぐらいの禍々しい邪気を感じる。目が血走っている。
「おい、どうしたんだ、我、付喪神の王、塵塚の王ぞ」
「言われたとおりだ。狙ってる狙ってる。儂の中から永遠に溢れる水を狙ってる……」
聞く耳を持たない瓶長の瓶から水が滴り落ちる。その水はまるで意志でも持っているかのように水瓶を包み、その身体を浮かべた。足も手もない水瓶の、水が手となり足となり、これで自由に動けるだろう。
「許さない! 身勝手な人間は許さない!」
水瓶から一閃、圧縮された水流が放たれる! 間一髪、カイは身を翻し避ける。代わりに餌食となった金属製の本棚が倒れた。
「バーロォ……危ねえじゃないか! そっちがその気なら、力づくでおとなしくさせてやるぜ!」
カイの目が赤く輝いて、髪の毛が炎と等しくなる。戦闘態勢に入った合図だ。
「ほら、鈍間な瓶、こっちまで来てみやがれ!」
挑発し、窓を開け跳躍する。
振り向くと、
「瓶は瓶でも、その亀じゃない!」
と、水流をロケット噴射の様にして、瓶長が追って来る。どうやらあの場所の書物は、経年歴史のあるものらしいが、未だ塵として扱われていない貴重な物らしい。ゴミじゃない物をゴミにするべきではない。カイはそう考えていた。
二人が降り立ったのは、丁度旧校舎の裏側になる。ここなら新校舎の連中にも見えないし、裏はそのまま山だから、見物客は鳥獣ぐらいのものだろう。
「くはーーーーー! 燃えてきたぜ!! そういや、暴れるのも200年ぶりだ!! いっちょ派手に行くか!!」
そう言ってカイがぐるんと手を回すと、拳が炎に包まれた。
その瞬間、過去の記憶が蘇る。
そうだ。この炎のやり方も、オレは教わったんだ、200年前に。
記憶を思い出すという、不思議な現象がカイの時を止めたが、直ぐに現実に引き戻される。何故なら、瓶長がぴゅっと、軽く水をかけ、あっという間に拳の炎を消えてしまったからである。
「のぁーーーー!? も、もしかしてこれって、相性最悪!?」

瓶長
わざわひは吉事のふくるところと言へば、酌どもつきず、飲どもかはらぬめでたきことを、かねて知らする瓶長にやと、夢のうちにおもひぬ。
(鳥山石燕/百器徒然袋・下より引用)
夢のうちにおもひぬ(2)
塵塚への道中、それは凄まじき有様だった。
折からの飢饉で人々は飢え、病気が蔓延し、死体がゴロゴロ転がり、鼠が人の気配を恐れず死体の耳を齧っているのを目撃できる程だった。
これまでその有様を目にしないようにと、あまり酷い地域には近づかないようにしていた豊房だったが、早くも来て後悔していた。歩むたび強烈に刺激する死臭に、思わず襟元で顔を覆う。
前を歩くふみと名乗った女は、この茶色く濁った世界で、ただ一人白い着物を纏い、目の錯覚かまるで淡白く輝いているようにさえ感じられ、最早常人とは思えず、この地獄に舞い降りた天使の様にさえ思えた。
出会った時から薄々感づいてはいたが、この女子は間違いなく只者ではない。悪鬼妖怪魑魅魍魎の類とは言わないが、神や仏、それに属する類の生き物ではないかと豊房は疑っていた。
そういう神聖なものがどういう了見で自分の所へやって来たかは分からないが、まあやれるだけの事はやりましょう。しかしこれまた酷い匂いですね、何て四苦八苦してるうちに、塵塚が近づいてきた。
「ちょ、ちょっとお嬢さん、待ってください」
たまらず、豊房は呼び止める。
「この先、もう時期、塵塚です。世間じゃそこは死屍累々、どうする事もできなかった死体の置き場になってるって話です。道中見たでしょう? 私は中々どうして、この先を行く勇気が出ない」
がくがくと、足が震えた。立ち止まって、初めて気づいた。
ここは、妖気が、邪気が渦巻いている。志半ばで死んだ者たちの怨念が、冷たくひたひたと近づいて、頬を、足の脛を撫でていく。あわよくば掬い取って、同じ地獄へ引きずり込もうとする。地獄の餓鬼道とはこの事か。
ふみは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
陽は沈みかけ、益々彼女は輝いて見える。
しかし、その時豊房は驚愕の事実を知るのだ。
彼女もまた、震えていた。表情がこわばっている。そして、涙を流していた。
「なんで、また」
道中、図らずも豊房は、彼女を神の使いと仮定し、この惨状をも強い心をもって突き進んでいるのだとばかり思っていた。だが実際は違った。転がる死体に心を痛め、これから現れる物の怪との対峙にも怯えているのだ。怖くて怖くてたまらないのだろう。
「ああ、いけない。そんな顔をしては」
思わず、豊房はふみを抱きしめていた。温かい、安らぎの気持ちが芽生える。
「どうにも意気地がなくって。もう大丈夫です。頼り何てありませんが、あなたが某を選んだんだ。その某がついてます。某がいれば大丈夫なんでござろう?」
ふみは、「はい」と頷いた。そして
「豊房様、少し苦しい」とも。
「こ、これは失礼した」
慌てて文を離し、そうして二人は束の間笑い合うのであった。
(つづく)
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【改造人間・高橋京希、今回の獲得経験値】
Lv1 肉体力:0(通算11P)
Lv2 精神力:+1(通算34P)
Lv1 容姿力:0(通算6P)
Lv4 知識力:0(通算53P)
Lv2 ヒーロー力:0(通算14P)
Lv5 趣味力:0(通算243P)
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