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弐ノ四
「ちぃっ、ここじゃ千里子の念も届かなくて本気が出ねぇ!」
カイは立て続けに噴出される、鋭利なカッターのような水撃を、2転、3転と身体を捻りながら飛び避ける。このまま下がって退却する手もあるが、瓶長は元々自分の配下の付喪神だ。そもそも水で冷えてるやつの頭を、更に冷やしてやるまで、こちらも引き下がれない。それが王たる所以なのだ。
「例え塵芥でも、あるのは『埃』じゃなくて『誇り』なもんでなぁ!」
次の水撃に合わせて、カイは横っ飛び。裏山の森へ入る。
「逃げても無駄でゴボゴボゴボ」
自在に操れる水に乗っ取られているかのように、溺れた人間のような鬼気迫る声色を発しながら瓶妖怪は追う。
少し駆け上がれば、とたんに緑は深くなる。生い茂る木々が遮り創り出すのは光の木洩れ日ばかりではない。水撃を遮断する天然の防御壁にもなるのだ。咄嗟の判断で森に入ったのは正解だったようだ。瓶長の発する水撃は、びしゃびしゃと木々に命中するばかりでカイの韋駄天を以ってすれば、避けるのは造作もない事だった。
「とは言え、このまま避け続けるのもかっこ悪いしなぁ。それに、森に入っちまったからには火も使えねえ」
塵塚怪王が活躍した江戸時代、「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉が造成されるほど大火が頻発していた。その記憶がカイの行動に、何らかの影響を与えているのは明白だったが、今彼はそれどころではなかった。
「何か策を、策を考えないと」
枝に飛び移り、体を前後に振って、勢いを利用しさらに高い木の枝に飛び移る。瓶長の姿が見えない。突き放したか。そう思った瞬間、
「んあ?」
踏みしめる両足と、支える右手が木に張り付いて動かない。
「なんだなんだ」
急いで確認すると、木の幹を軽く触っていた右の手の平にべっとりと、見慣れぬ黄金色の液体が付着して、手を覆いつくそうとしている。
「しかも何か、硬くなってきてるじゃないか、なんだぁこれぇ!」
振りほどこうにも、みるみる謎の液体は凝固していく。
じゅん!
「のぁ!」
水撃が一閃。立っていた枝を切り落とし、そのまま「うぁああああああ!」悲鳴と共にカイは落下。強い衝撃で全身を痛める。
「畜生ぅう。これなんだって言うんだよ!」
「樹液ゴボゴボ」
自由な左手を使って身を起こすと、目の前に瓶長が鎮座ましましている。
「樹液ぃ、そうかぁ」
「お前、森の中に入ってゴボ、自分が有利になったとガボ思ったゴボ。でもそれは違う! 樹木を育むのは太古の昔から水ゴボ。そして儂は水と繋がれば自在にその水を操れるゴボゴボ。お前は今、水で繋がった儂の腹の中にいるも同然ガボゴボ」
「ちぃい。木全体が水で繋がったネットワークみたいなものって事か」
「横文字は遠慮してほしいゴボゴボ。意味不明ガボ」
「木の中の水分は操れる、だからギリ樹液も操れるって事かよ」
「説明補ってくれてありがとうゴボゴボ。ついでに言うと儂の妖力で、樹液は直ぐに固まり琥珀になるガボボ」
今カイの右手と両足を固めているのは、琥珀なのだ。
「道理で硬い訳だぜ」
「ガボボボボ! そういう訳ゴボだから、動けないうちに儂の水撃で切り刻んでやるゴボゴボ」
瓶長の目が怪しく光る。カイは自慢の健脚を封じ込められて動けそうにない。
「ま、待った! この琥珀、硬いって言ってもな、宝石の中じゃ柔らかい方なんだぜ!」
「ん〜?ゴボ」
カイは博識だ。専門に研究し、理解を深めている訳ではないので、衒学的であり、ただ物知りであるに過ぎないのだが、今現在捨てられている書物の情報は総じて頭に入っている。燃やされない限り、その知識をカイは自由に取り出せるのだ。
「硬度はたったの2! こんなもん柔らかすぎて笑っちまうぜ、チーズフォンデュみたいなもんだ」
「横文字止めるゴボ。そうは言っても事実身動き取れてないんだから、何を言っても負け犬の遠吠えゴボガ」
「そうかよ! だがこんなもんなぁ、あっという間に抜け出して、お前なんかその琥珀の破片で砕いてやるよ!! ハードネスランク2の琥珀より、お前の方が脆い土塊だもんな!!」
「だから横文字止めるゴボ!! もう堪忍袋の緒が切れたゴボガ! そんなにまで言うなら、琥珀に閉じ込めて窒息して死ぬガボ!!!!」
瓶長が大地に水を染み込ませる。たちどころに水は浸透し、周囲の木々に溶け込んでいく。内側から入った水は、木を同方向にしならせる。木々がお辞儀し合う真下には、口先ばかりで動けないカイがいる。木に浸透した水はついに維管束や葉脈まで伝わり、樹皮にまで到達する。そして初めてそこから、瓶長の妖気を吸った樹液がとろーりと、流れ落ちる。
「うわぁわあああああ!」
ぽたりぽたりは束の間で、雫はやがて一連となり、カイの身の上に流れ落ちる。
「標本の完成ゴボ」
口にまで入り込んだ樹液は悲鳴をも閉じ込め、断末魔も封殺されたカイは哀れ、瞬時に琥珀と化した巨大な宝石の中に生き埋めとなった。
「いい気味ゴボ。永遠に流れる水は人間には渡さないゴボガ」
不敵に笑って立ち去ろうとする瓶長は、異変に気が付く。
「何か心が落ち着くような、お香の匂いがするゴボゴボ。これは龍涎香ガボ?」
見ると、今閉じ込めたばかりの巨大琥珀の天辺から、黒い一筋の煙が昇っている。
「これは何ゴボ」
「はぁああああああああああああああああああぁあ!!!」
「まさかゴボガッ、きゃつめ中で火をゴボッ!」
瓶長が気が付いた時には手遅れだった。
ドン!
という音と共に、琥珀が破裂する。表面は硬く、中は熱で溶けた宝石の散弾が四方八方、猛烈な勢いと熱量で飛散。瓶長はその衝撃とスピードに反応できない。水の膜を諸共せず、アンバー・マシンガンの銃弾は瓶長を粉々に打ち砕いた。
「ぐぁああああ!」
割れた瓶長は妖力を失い、水がびしゃりとその場に落ちる。瓶長自身も同様だ。ボロボロと粉微塵に崩れ落ちた。
「これ以外にお前の水を防ぎながら火で攻撃する方法思いつかなかった、悪いな、瓶長」
「あれぇ〜、小さくなってますけど、あなた怪王殿では〜?」
「ようやく思い出したか」
カイは近づき、顔のある瓶の破片を手に取った。
「あれぇ〜、儂はどうしてたんだぁ〜? 何でこんな事にぃ??」
「何だよ、覚えてないのか。お前オレに襲い掛かって来たんだぜ?」
「そんなぁ〜、怪王様にそんな事しませんよぉう」
「だろうけどさ、実際こうなってるんだ。お前一体どうしちまったんだよ。あんなに穏和だったってたのに。また悪酔いしてるのかと思ったぜ」
瓶長は石燕の弟子、恋川春町(雅号が瓶長だった)がモデルと言われ、彼は狂歌を詠む際の筆名を酒上不埒とする程、酒好きだったと言われている。
「そう言えば意識を失う直前、誰かと話していたような……ぐぬぬ。思い出せません」
「まぁ今はそんな姿だからな。ゆっくり思い出せばいい。それより、その辺に飛び散った琥珀溶かして接着剤かわりにして、お前の事元に戻してやるよ。悪かったなぁ、こんなにしちまって」
「いえいえ、良いんですよぉう。それに何だか、心癒される香りがして、とっても気分がいいんです。これは龍涎香でしょうかねぇ?」
「バーロォ……琥珀は燃やすと、アンバーグリスに似た良い香りがするんだよ」
「あのぅ、横文字止めてもらえます、ちょっと何言ってるかわからないんで」
すっかり元通りになった瓶長の様子にツボったカイは笑い、それに釣られて瓶長も笑い出し、二人の笑い声が森の中に木霊した。
その様子を気配を消して伺う者がいるなど、今の2人には知る由もなかった。
<つづく>
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【改造人間・高橋京希、今回の獲得経験値】
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Lv2 ヒーロー力:0(通算15P)
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